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夏休みが終わり、学校が始まりました。
 街中を自転車で走っていると、大きな袋を抱えた小学生の姿が。夏休みの宿題を抱え、学校に登校する姿です。
 例年より1週間早く2学期が始まりました。学校にエアコンの設備が出来たので夏の終わりも快適に学習が出来るから、ということです。子どもにとったら複雑でしょう。長いようで短い夏休みが終わりました。

 我が家の孫たちも、高校、中学、小学校とそれぞれ、朝から大忙しです。宿題はちゃんと終わったのかな?聞くと心配が増えるので聞かないことにしました。
 お兄ちゃん、お姉ちゃんたちが学校に行き、取り残されたのが、支援学校に行っている小学1年生。夏休みは11時から放課後デイの車がお迎えに来ます。
 一人で家に留守番できないので、私の出番です。早朝から娘の家で、1年生の孫と一緒に過ごします。11時なったら送り出す任務を授かりました。娘の家に行ったら、洗濯ものが多いこと大人2人と子ども4人分の洗濯をします。部屋のかたずけをして、新聞を読み、テレビを孫と一緒にみたりして過ごします。孫を送り出してからの時間が私の活動の開始です。

 孫たちは楽しかった夏休みの思い出を、2学期の糧にして学校生活を楽しんでほしいと思います。心の栄養はたっぷりと補充しました。2学期の無理せず、がんばれ!

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帰ってきました
 母の病状も安定しています。週に4日間デイサービスに喜んで行っています。同じ集落の高齢者が一緒に行っているため、仲間意識が強く自分の居場所があるようです。デイサービスに行って笑いと笑顔が増えました。そのおかげで病状が安定しています。介護保険のありがたみをかみしめています。料金も食事や入浴費用を含めて、週4回で月27000円(1割負担)です。年金が月45000円です。十分に賄えます。以前、3か月間ショートステイにお世話になった時には月12万円かかったそうです。低年金者には、ずーとの利用はできません。介護保険の2割負担なんてとても今までのような利用はできなくなるでしょう。

 90歳の母が「93歳になった」と譲りません。その意味は分からないままですが、認知症が進んでないことに安心して、帰ることにしました。兄が「大変になったら、また呼ぶから今は大丈夫やで」と言ってくれました。私も「この人は100歳まで生きるのでは・・」と思いました。幸せな母親です。母は「もう少し生きたい」と意欲満々です。

 バス停まで送ってくれました。兄と母と妹です。よく似ていると言われます。

 熊本駅でくまモンと。

 夫と娘親子と4人で帰ってきました。熊本城に行こうかと話していましたが、帰りのバスが(天草〜熊本駅まで)3時間余りかかりました。熊本城の見学は暑いし時間もなくてあきらめました。また今度。

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とうとう小学校が廃校に
 祖父母、父母、兄弟、いとこ、甥姪、そしてその子たちが通った小学校が廃校になりました。天草市の志柿小学校です。100数十年続いた学校が、子どもたちの数が1〜6年生まで20数人になりとうとう廃校になりました。今はスクールバスで少し遠い小学校に通っています。50年前は私が通っていましたが、全校生徒は100人チョットはいましたが。長い年月が経ち子どもたちの数が少しづつ減ってきました。それでも20数人頑張っていたのに・・・。これも時代の流れです。
 近所に住んでいる甥っ子の娘たち(3・1歳)が希望の子どもたちです。近くの保育所に通っています。ここでは何人の幼児を預かっているのかな?
 私の実家は小学校のすぐ近くにありますが、すっかり小中学生の姿が見えなくなりました。以前は自転車で通う中学生や小学生が歩く姿が、元気な笑い声がよく聞こえていました。寂しい限りです。
 小学校跡地に行ってみました。校舎はまだ残っていました。校庭は草が生えていました。これが、子どもたちの姿が見えなくなる限界集落なのでしょうか? 目の当たりにして出す言葉もありませんでした。
 若い人たちは故郷を愛しています。しかし仕事がない、給料が安い、田舎では生活が出来ません。だから私と同じように、都会に出た若者は田舎には帰ってきません。
 小学校跡地には記念碑が建てられていました。

子どもの頃は大きく感じられた学校も、こんなに小さな学校だったとは。
 

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精霊流し
 8月13日に、亡くなった方の魂を迎い入れて、15日には海に帰すという精霊流しを天草の地域の人たちと送りました。各集落から船を出します。
 灯篭・提灯で飾り、果物や野菜・お菓子等寂しくないように飾りつけをして、波止場へかついて行きます。

 台風後の波があるので、船で先導しました。

 食べ物は海の生き物のえさになるそうです。たくさんのまち中の人が波止場に駆けつけて見送りました。私は子どもの頃には毎年見送りましたが、大人になってからは久しぶりに見ました。それにしても子どもの姿が少なくなりました。私より年上の先輩方や高齢者が多い風景です。そんな中で、何人かの幼児が走り回っていました。まだまだこの街にも希望があります。子育てしている若い世帯も健在です。

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母は健在です。
 母は、とっても元気でした。たのしんでデイサービスに行っています。孫自分の兄弟の名前を言ったりして、混乱します。昔の話しも時代が混乱して、兄から怒られて間違いを笑い飛ばしていました。明るい認知症です。
  90歳なのに、93歳と言い張る母です。
  庭の花壇の草むしりをしました。
 お墓の回りを草刈しました。
  美しい花

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ふるさと、熊本。
 我がふるさと、熊本が優しく迎えてくれました。まだ天草の実家までバスで2時間半です。
くまモンがお出迎え
 それにしても、新幹線さくらで、新大阪から熊本まで3時間25分でした。乗るたびに時間短縮しているようです。なんかきもちのきりかえができません。やっと着いた、ではなくもう着いた、という感じです。
 母に、あんただれ?って言われたらどうしよう。少し不安です。これまで母の元気さに甘えていた気がします。

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管内視察に行きました。
 建設消防防災委員会では、管内視察に防災センターと新しく立て替えた宮の北住宅の視察に行きました。
  この消防車は、水での消火や油や化学薬品の火災等対応です。
 水と何かを化学反応させて、消火器の泡をつくることが出来るそうです。ガソリンの点火や化学薬品による火災に対応するそうです。

  救急車の中 病院のICU並みの装備でした。
 救急車は消防職員、救急救命士の3名が乗っています。

  高度救助隊 
 高度救助隊は、あらゆる災害時を想定した、機器が揃っています。

 50mのはしご車の前で
 このはしご車は排気ガスの基準に不適格の為、この度30mはしご車を購入することになりました。50mのはしご車はインターネットでのオークションにかけられます。高く売れたら外国までも行くそうです。
 佐野議員と西藤議員は、50mの高さまではしご車で上がりました。下から見ても頭がくらくらしました。私はそんな高いところ絶対無理! 佐野議員は高いところは平気だそうです。でも50m上がってゴンドラが揺れた時にはさすがに怖かったと言っていました。
 その後、防災センターにある地震を想定した、揺れる体験をしました。さすがに大丈夫とはわかっていても、震度7は怖かった。阪神大震災のトラウマがよみがえりました。

 宮の北住宅は、1DK、2DKと障がい者用の住宅を見学しました。さすがに新品は美しかったです。トイレやお風呂が充実していました。
 古いもう人が住んでいない宮の北団地の一室も見学しました。段差がある、部屋は広く感じました、3DKでした。台所・トイレ・風呂が狭くて、昭和のにおいがしました。ちょっと懐かしい感じで哀愁が漂っていました。

 明日から、熊本の天草に帰ります。今回は2週間の予定です。母親90歳、片麻痺があり認知症もあります。兄が介護しています。2週間は介護から解放させてあげたい。また、兄嫁が3月に亡くなりました。この夏は初盆です。そのお手伝いに帰ってきます。お盆の後に稲刈りもあると思いますが、お手伝いが出来ればいいなと思っています。でも農業はあまり好きではありませんが、頑張ろうかなと思っています。親孝行のために尼崎を留守しますが、台風などの被害等が発生しないように祈っています。
 2週間はブログはできないかもしれません、スマホでのブログは結構大変です。あまりうまくできません。文章や写真の画像がおかしくなるし・・・。またお会いしましょう。


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「自衛官募集に子どもの名簿を提供しないで」の運動
 5月にある市民団体から「自衛官募集のために、子どもの名簿を本人の同意なしに提供しないで」の要望書を市長に提出しました。市は「請求があった場合は応じているしこれからも応じる」という回答が返ってきました。そこで納得できない市民は、7月末に市民課と懇談を持ちました。
 市は「自衛官募集については、総務省からの要請で協力を断れない。市民課は住民基本台帳事務を担当しているが、自衛隊法97条により自衛官募集のための住民基本台帳の一部の写しの閲覧の請求があった場合は応じてきた。今年は6月に自衛官募集のために限って名簿の写しをCDで渡した」というものでした。
 市民団体は「秋田沖にF35戦闘機墜落で自衛官が死亡した。武器の爆買いででも見られるように、今の自衛隊は災害援助の自衛隊というよりも、海外で戦争する自衛隊に変わりつつある、今後自衛隊の命も危ぶまれる自衛隊になっている」、「そんな自衛隊に本人の同意なしに名簿を提供するのはやめてほしい」と訴えました。

 市は政府の要請を受けたからと言って、個人情報を本人の同意なしに差し出すのは、住民基本台帳法や個人情報保護法で禁じられているのではないでしょうか。それは憲法にもとづく国民を守る法律あり、自衛隊法の上にある法律ではないのだろうか。と思います。市民の命を守るのが市長の役割です。いくら政府の要請だからと言って、「ダメなものはダメ」と市民の防波堤になってほしかった、と思います。
 いろいろな自治体があります、紙での名簿提供、CDによるもの、すでにシールで渡した自治体。しかし住民基本台帳法に基づいて、閲覧による提供している自治体も多くあります。政府の要請に応えなければ何らかのペナルティーがあるのでしょうか?
 憲法改定をねらっているアベ政権の圧力が「自衛隊募集の名簿提供」にも、手が伸びているとしか考えられません。今防衛大学の学生さんや若者が自衛隊を希望する人が減っていると聞きました。名簿が将来は徴兵制にも使われるのではないかと、危惧します。
 昨日は世の中の動きが、また韓国と日本の関係悪化をあおっているマスコミの状況と相まって、危険な動きになっていることを強く感じた一日でした。

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今日のしんぶん赤旗に。
 今日の赤旗しんぶんの12面、名古屋市で開催された第51回全国保育団体合同研究集会の分科会のことが掲載されていました。
 私の目に入ったのが特別企画「保育施設での事故から考える」大阪電気通信大学の平沼博将教授の「主体的な活動を保障するため上でも安全が確保され、安心して保育できるか確認する事」とありました。
 保育事故の遺族が報告され、認可外保育施設で1歳2か月の長男を亡くしました。父親は「市は企業主導型保育を増やしている。でも事故が起これば個人と企業の問題として市は責任を負わない」と報告がありました。
  8月5日付のしんぶん赤旗

 私は6月議会の健康福祉委員会で、「尼崎市が行っている認可外保育所の、指導監査について」の所管事務調査をしました。認可外保育所の中には企業主導型保育所も含まれます。市は年に1回の指導監査を行っています。
 企業主導型は、保育面積や調理室の配置や整備の基準は、認可保育所と同じ基準であることは確認しています。しかし保育士の配置、資格、処遇は小規模認可保育所の半分で構わないとしています。要するに所長など管理者が保育士資格を有していたら、実際保育に携わる者は無資格でも構わないということです。
 年に1回の指導監査の結果が尼崎市のHPに掲載されていました。2017年(H29年)の結果では、「健康管理、安全確保」の項目では、小規模保育事業所(認可)では問題の指摘はゼロでした。ところがに無認可保育所では、文書による指摘件数が4件、指導助言件数が13件ありました。ことの重大さ、深刻さはの度合いはわかりませんが、無認可保育所での幼児事故発生を考えると、監査を行っている市は、指摘指導した内容の是正確認はきっちり行うべきです。
 国が補助金を出すからといって、企業主導型保育所に待機児解消の手段としてすすめるのはどうかと思います。国が補助金を出すのであれば、保育士基準と処遇を改善させ、保育基準の規制緩和を認めるべきではありません。市も幼児の健康と安全管理がずさんにならないように監督の目は厳しくしてほしいと所管事務調査では訴えました。
 しんぶん赤旗日曜版でも、「企業主導型保育」の闇 ずさんな審査で助成金詐欺」という告発記事を読んだばかりでした。もっと情報を集め、安心安全な保育の質の確保を求めたいと思いました。

 またもう一つの記事、長野県で「全国障がい者問題研究会」という、学習講座が閉会しました。障がい児学校の教職員や大学生、放課後デイサービス事業所の職員さんが参加されています。
 尼崎市にも放課後デイが64か所あります。県から中核市(尼崎市も)権限移譲されました。しかし多すぎで県はちゃんと指導監査されていたのか少し疑問です。それはどんな保育がされているのか、施設によってそのレベルがまちまちだからです。私はそれを障がい者部会でも問題にしてきました。来年は全障研全国大会に行って学習したいと思います。
 8月5日のしんぶん赤旗の記事
 昨日、阪神支援特別学校と放課後デイに行っている、小学1年生の孫を預かりました。お姉ちゃんが勉強していると、自分も椅子に座って、紙に何かを書こうと鉛筆をにぎりました。こんな光景を見るのは初めてです。小学1年生になってお姉ちゃんになったなと、あらためて子どもの成長に感動しました。

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女性と子どもの貧困
 先日大阪社保協「全国地方議員社会保障研修会」がありました。そこで学んだことを報告します。
 まずは「女性と子どもの貧困 〜若年出産を経た女性30名へのインタビュー調査を中心に〜」奈良女子大学院人間研究科、スクールソーシャルワーカー、社会福祉士の武輪敬心先生でした。
 子どもの貧困は、〇劼匹發凌討貧しいからこそ生じている経済問題 貧困研究者たちはこれまで「罪のない子どもが貧困におかれている」いうセリフの裏側に見え隠れする「大人の貧困は自己責任である」という言説に対して危惧を表明してきた。B膺佑良郎い蓮∀働の貧困であり、社会保障の貧困である。
子どもの貧困率は13.9% 7人の一人、ひとり親世帯の貧困率は50.8% 最低賃金でフルタイム働いても15万4000円/月、最低賃金では人間らしい生活を送ることは困難。DV、ジェンダー、子育てペナルティー等の問題。外国と比べて日本のひとり親に対する支援が乏しいこと。子どもの貧困の実態を話されました。
 そして、先生が調査しておられる若年出産について、若年出産は19歳以下での出産、中でも中学生や高校生等高卒未満での妊娠、出産を経た女性たちが社会的・経済的困窮に陥りがち。
 若年妊娠は性非行ではなく、彼女たちがおかれている社会的困窮の中から生じる。女性たちの貧困は社会的に生み出された課題である。個人的なことは政治的な事である。貧困は自己責任ではなく、社会の責任としてとらえる。すべての人が健康で文化的な生活を送られる社会を実現するためにさまざまな角度からの法制度化必要である。

 武輪先生の講義は、最初はぎこちなく感じました。大学院生で地方議員の前での講義は初めてだったので緊張感が感じられました。しかし若年出産という重いテーマでは、自らの調査結果から導き出されたことであり、熱く語られました。若年出産は、生まれることを拒むのでなく、母子が幸せに暮らせる支援が必要であり、母親が学校を卒業させるような支援が必要である。
 今社会問題になっている子どもの虐待や死亡事件も、貧困、生活の破壊からくるのではないかと思ました。

  

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うれしかったこと。
 選挙では大変お世話になりました。昨日うれしいことがありました。Sさんは武庫地域から南武庫之荘に引っ越しをされました。息子さんと暮らしていましたが、事情があり今は一人で暮らしています。
 参議院選挙が始まってから、これまでの電話番号で通話が出来ました。「お元気でしたか、また選挙が始まりました。引っ越した近くに投票場はありますか?ぜひ投票に行ってください。体の調子が悪かったら、車出しますよ。」とお話をしました。すると「ありがとう。投票場が近くにあるから、ひとりで行けるよー。行くからね。電話うれしかったよ、ありがとう」と喜んでいただきました。
 慣れない一人くらしで、淋しさもあったのかな。引っ越しても忘れないで電話したことがうれしかったのかな? 昨日早速、選挙のお礼に行きました。すると喜んでいただき、新聞を取ってくれることになりました。高齢で、お腹の調子が悪くて手術もされていますが、自分で買い物に行き家事も自分でされていました。安心しました。またつながりが途切れずにつながったことがうれしく思いました。あの時遠慮して電話していなかったら、引っ越しもあり、つながりが途絶えていたことでしょう。

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