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武庫地区親子まつり
 当日早朝に大雨が降り、開催が心配されましたが、予定通りの開催になりました。曇り空で炎天下は免れましたが、湿度が高く蒸し暑い日曜日でした。
 交通公園の一部を使っての開催で、年々規模が小さくなっていることを実感。しかし子供の数は多く、昔ながらのヨーヨー釣りや、こま回し、かさぐるま、工作の手づくりに夢中になっている子どもの姿がほほえましく、私も見入っていました。
  昔ながらの手作りゲームに夢中

 くまごろうの人形劇

 人形劇を夢中でみる、子どもたちや大人も、そして私も夢中で見ました。

 医療生協の健康チェックでは、少し血圧が高くなっていました。足の筋力が弱くなっていました。運動不足ですね。骨の強度は人並み以上にありました。
 そういえば、最近は階段を上がるのを避けて、エレベーターを使うことが多くなっています。もっと歩かねばと思いました。

 お祭りには、小村潤市議も参加していました。「くまごろう」の人形劇は子どもたちに大人気、大盛況でよかったです。小村議員はしっかりとした考えを持った感情が豊かな議員です。人形劇を見て育ち、小さいときから感情豊かな表現をされるお母さんを見て育ったからでしょうね。かわいい手作り人形たちにも思いを寄せました。
 暑かったけど楽しかったです。 若いお母さんたちが作った、焼きそばと炊き込みご飯を買って、家で夫と食べました。おいしかったです。

 午後からは、何と知事選挙の時のポスターが、まだ貼られたままになっていました。早くはりかえなければと思っていたのに、時間がとれずに・・・。本当にすみませんの一言です。炎天下の中二人でやっとはりかえることができました。

masakiichiko | - | - | - |

「自治体学校in千葉」へ行きました。
 自治体学校へと、市会議員団6人全員で学習に行きました。千葉県は大都会でしたが、羽田空港から遠く、電車の乗り継ぎが大変だったというのが、第一印象です。
 一日目は、「住民参加で輝く自治体を」と題して、岡田知弘京都大学教授、渡辺治一橋大学名誉教授、中山徹奈良女子大学大学院教授のシンポジウム、大変面白かった。
 岡田教授はコーディネーターで、渡辺教授が都議選の結果と安倍改憲、小池都政のゆくえでは、安倍政権を痛烈に批判。安倍改憲は、国民が改憲を許すのか、阻むのか、戦後日本の最大の岐路がやってきた。全国で憲法を守るたたかい、運動をどう取り組むか、待ったなしです。
 中山教授は、開発型自治体の典型、大阪維新政治と題して、大阪維新の会の再度行おうとしている住民投票。公共のあらゆる面での民営化、カジノ誘致を許さないと、痛烈に批判しました。会場が感動に包まれていました。

 全国規模の割には、今回の会場は少し小さかったようです。

 二日目は、現地分科会「戦跡とオスプレイ整備拠点をめぐり平和を考える、に参加しました。まずはバスで、赤山地下壕と呼ばれる、岩山の中に総延長2劼涼浪執茲筏霏腓頁確船織鵐基地跡がありました。中に入ると、寒いくらいひんやりした空気でした。大きな壕はつるはしで岩を削った跡がくっきり残っていました。ここは朝鮮から収容された人々が、掘った壕です。
 私は、壕の岩にくっきりと地層が残っており、関東大震災(?)の断層のずれが1mくらいのずれがありました。これには驚きました。
断層1mにずれがあります

 地下壕には40くらいの空気穴があり、壕の空気が動いています。

 木更津基地は、米軍の基地ですが、管理しているのは陸上自衛隊です。オスプレイをはじめとした軍用機の点検や整備をする施設です。日曜日で基地が休み状態、人は全く見えませんでした。整備前の軍用機が1機停まっていました。
 日本中からオスプレイなどが整備のために、低空飛行してくるそうです。当日はオスプレイは見れませんでした。
 橋の上から基地の全貌を見ました。遠くだったのでよく見えませんでした。私のバックが基地です。
 基地の周辺をバスで回りました。格納庫がありました

 3日目は、千葉大学名誉教授の長澤成次先生のはなしでした。「社会教育・公民館の役割と地方自治をめぐる課題」と題して、大変興味深い内容でした。公民館は憲法が保障する、生涯教育に規する施設でということ。人はうまれてから死ぬまで学習することを保証しなければならない。その拠点になっているのが公民館。行政がつぶすことは許されない。国民の財産なんだと力説されました。納得です。
 自治体学校の最後の公演でした。
 2泊3日は疲れました。現地分科会は目と耳で確認できるので、大変勉強になりました。バスで北海道の女性議員さんと仲良くなりました。おかげで楽しい視察になりました。

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杭瀬児童ホームへお邪魔しました。
 ある保護者から、「杭瀬児童ホームは60人定員で70人の子どもが入っていて、ホームが狭い。何とかしてほしい」との声がありました。共産党議員団団としては、子どもたちがどんな暮らしを児童ホームでしているのか、視察に行きました。
 杭瀬児童ホームはこの3年間くらいは、70人の子どもたちを受け入れていますが、まだ待機児童は数名いるとの話でした。その子ども達は児童クラブで過ごしています。周辺には新しい家が建っており、また働く保護者も増えており、児童ホームの需要は高まる一方です。
 やはり70人の子どもを想像すると、部屋が狭いようです。雨の日などは大変だと思いました。(実際は子ども達はまだ学校におり、ホームは準備中でした)
保護者からも、増築の声が出ています。

 徳田、川崎、広瀬、まさきで視察に行きました。
 ホームの入り口で、記念写真

 私もホームの前で

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日本共産党、95年の誕生日を迎えました。
 7月15日は、日本共産党の誕生日でした。95周年になります。立党精神である「住民の苦難ありことろに、日本共産党あり」という、人々のいのちとくらしを守る。この思いは95年間ぶれることなく、活動してきました。
 今日は95周年の日にしんぶん赤旗に記載された、主張を紹介します

 『日本共産党は1922年(大正11年)7月15日の創立から95周年です。日本共産党が躍進し自民党が歴史的大敗を喫した東京都議選、人類史上初の核兵器禁止条約の採択―。党の節目となる記念日を国内外ともに歴史的大激動が進行する中で迎えたことは特別の感慨があります。党創立以来の1世紀近い歴史には、国民の利益擁護、平和と民主主義の旗を不屈に掲げ、時代を切り開いた歩みがしっかりと刻まれています。その到達に立ち、未来に向けて多くの国民と力を合わせ、日本の新しい政治を前に進めるために、さらに使命を果たしていく決意です。

《先駆性をいまに引き継ぎ》

 95年前、日本共産党が創立された戦前日本は、いまでは想像もできない「天皇絶対」の専制政治・人権抑圧体制でした。国民の自由な発言は許されず異論を唱えれば容赦なく弾圧されました。共産党は誕生とともに非合法として活動せざるをえませんでした。いまのG7(主要7カ国)参加国にも当時、共産党が生まれましたが、これほど異常で過酷な弾圧にさらされたのは日本だけです。

 日本共産党は侵略戦争と植民地支配に反対し、反戦平和・自由と民主主義のために、文字通り命をかけてたたかい抜きました。多くの先輩が逮捕、投獄され、拷問で殺害されました。戦前の勇気あるたたかいの先駆性は、日本が敗戦の際受け入れた「ポツダム宣言」で、あの戦争は侵略戦争だと認定され、戦後の憲法に戦争放棄、主権在民が明記されたことなどに、はっきりと証明されています。

 安倍晋三政権の改憲策動は、日本国憲法下でつくられた戦後日本のあり方を根本的に変える歴史の大逆流に他なりません。現代版治安維持法ともいえる「共謀罪」法の強行、「教育勅語」復権など“戦前の復活”への暴走には、「国政私物化」や問答無用の強権手法とともに、保守の人たちからも強い危機感が表明され自民党の支持基盤を揺るがす事態を迎えています。それは都議選で自民党の大惨敗という形で、劇的に示されました。

 都議選での日本共産党の躍進は、安倍暴走政治と真正面から対決する揺るがぬ党の姿勢への期待の表れです。安倍政権打倒へ向け、市民と野党の共闘を積極果敢にすすめる共産党への信頼と期待も寄せられています。安倍政権が国民の批判に無反省のまま憲法9条破壊を加速させる重大局面の中、安倍政権を追い詰めるたたかいを、ご一緒に進めようではありませんか。

 ニューヨークの国連会議で、核兵器禁止条約が国連加盟国の約3分の2の賛成で採択されたことは、戦後一貫して核戦争阻止、核兵器禁止・廃絶、被爆者援護を掲げ続け、国連会議の成功にも貢献した党として大きな喜びです。

 戦後、米軍占領下で原爆反対の声を上げ立ち上がった先輩たちのたたかいを胸に刻み、「核兵器のない世界」の実現へ、唯一の戦争被爆国の党として力を尽くします。

《100周年に向かって》

 歴史の本流と逆流が激突する戦後かつてない激動的な新しい時代の中で、日本共産党の役割と責任はますます重要となっています。

 5年後は党創立100周年です。世界も日本も歴史的転機の今、一人でも多くの方に、党に加わるとともに、「赤旗」をご購読いただくことを心から呼びかけます。』

 ちなみに私は75周年の記念日に、共産党に入りました。あれから20年です。もう20年立ったのかという気持ちです。私は共産党に入ってから地域でずーっと活動を行ってきました。共産党であることを休んだ日はありません。今ではスッカリ活動が日常になってしまいました。
 議員になってしんどいこともあるけど、毎日が生きがいをもって過ごすことができます。やっぱし世の中を暮らしやすくしたい。幸せに暮らせる世の中に変えていきたいという気持ちでやっているからでしょうね。
 刻々と人生のこり少なくなっていますが、「私の人生も捨てたもんではなかった。あぁー楽しかった」と思って人生を終われるように生きている限り、世直しを頑張ります。

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生活相談の1日
 議会や研修会で忙しい毎日を送っていますが、一つ一つ丁寧に取り組む中で日が経過していきます。16日はたまっていた生活相談の話を聞く一日でした。

 離婚して出戻ってきた娘親子と一緒に暮らす高齢者。娘を自立させたいが引っ越しさせるお金がない。夫の暴言に耐えながらも一緒に暮らすことへの不満等、高齢になっても不安定な毎日です。

 少ない年金で介護保険料と後期高齢者保険料が高く負担が大きいと、泣いてくる高齢者。よく聞くと、親戚と一緒にやっていた有限会社からいくらかの報酬が振り込まれていました。それが足かせとなって保険料が跳ね上がっていました。お二人とも国民年金で、二人合わせても生活基準がぎりぎりです。一番苦しい世帯です。将来会社からの報酬がなくなったら、生活が不安だと語ってくれました。

 お二人とも話をしているうちに、笑顔を取り戻し帰って行かれました。今はこの生活をしっかり守っていくことしかできません。生活に変化があったらその時に話をしに来るように約束して帰られました。

 後は3つの地域からの要求です。不法駐車している何とかならないか。個人宅の植木が道路にはみ出している何とかしてほしい(これが結構ややこしい)小学校の木が伸びて電線にまで達している。大木の枝を切ってほしい等様々な要求があります。一つ一つ丁寧に対応していきます。

 先日は携帯に「まさきさんにお願いしていた、髭茶屋のバス停道路の補修が今されているよ。良かった」という電話がかかってきました。半年以上前から要求していたことです。やっと解消されました。
 しかし、時友のバス停のベンチはまだ設置されていません。市からは阪神バスにお願いをしているところですが、もともと阪神バスの路線だったところです。なかなか事が進みません。しかし高齢者が地面に座り込んでバスを待っているとの事です。何とかベンチをつけてほしい。と思っています。
 地域の議員として、みなさんが相談相手として頼ってもらえること、とっても嬉しく思います。さあ、頑張ろう!

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役選議会が終わりました
 改選後初めての議会、7月議会がありました。この議会は議員の役職・役割を決める議会です。
 議長は丸岡てつや議員(あまがさき志誠の会)、副議長に宮城あや議員(新風グリーン)です。なぜか、大会派の公明党は辞退しました。

 役職では、日本共産党議員団の松沢ちづる議員が、監査委員になりました。
 常任委員会では、日本共産党議員団は、総務委員会に徳田みのる議員、文教委員会にこむら潤、健康福祉委員会に私、まさき一子(副委員長)、経済環境市民委員会に川崎としみ議員と松沢ちづる議員、川崎議員が委員長です。そして建設企業委員会に広瀬わかな議員(副委員長)です。

 私は、建設企業委員会を希望していましたが(2年間は続けたかったという理由、1年だけではまだまだ分からないことが多すぎるため)、いろいろな成り行き上一転二転して、健康福祉委員会におさまりました。福祉の勉強をもっとしたいと思っていたので、この委員会でがんばります。介護保険の改定、地域保健・福祉の問題、待機児解消、保育所の建て替えと増設や子どもの貧困等、様々な課題が山積しています。一つ一つ地域の要求や公約を実現させるために、尼崎市の福祉政策の充実を目指していかなければと、気持ちを新たにしてがんばります。

4日間の日程で行う予定が、2日間という超早く決まりました。2日目の昨日は、すこし遅くまでかかりましたが、無事役選議会が終了してホッとしました。
幹事長の徳田議員が奮闘したおかげで、満足な役職を頂くことになりました。徳田議員は少々疲れ気味。よく頑張ってくれました。そして共産党議員団をよくリードしてくれました。ご苦労さんとねぎらいます。

 この夏は、各地の研修会に議員団全員が学習し、これからの議会活動に生かせるようにします。もちろん地域での生活相談にも誠実に対応していきます。


  

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天橋立に小旅行
 市議選と知事選があり、少々疲れ気味ここで気分転換をしなくては、と夫と癒しの小旅行へ。あまり遠くはしんどいし、とりわけ行きたいところも思い浮かばないし・・・。日本三景の「天橋立」に行こう!となりました。

  天橋立を一時間かけて歩きました。途中に小さな神社が

  ケーブルで山の上にのぼりました。絶景です

 股のぞきで有名な頂上で、記念写真

 股のぞきで天橋立を見下ろしましたが、どう見ても竜が空を登っているという風には見えなくて。

  旅館の食事は、一番の楽しみです。

 歩き疲れて、旅館へ。窓から天橋立が一望できる、麓の旅館でした。食事がおいしかったです。温泉は楽しみにしていたのに、熱くて長風呂はできませんでした。翌日は雨模様。
 夫は、プランを考えてくれましたが、左目が「ものもらい」になっており、不快だったようで「もろもらいが、うっとしいわー」と30回くらい嘆いていました。帰宅した時に、化膿した部分から膿が出て、ちょっとすっきりしたようです。旅行中は不快の真っただ中でした。

 翌日は、丹波篠山の篠山城址に行きました。1年間で石垣、堀、城を大急ぎで作ったと言われています。城はなんと平屋建てという、珍しいお城でした。戦うための工夫が供えられたお城でした。
 お城の正面です。

 篠山は昔の武家屋敷が残る、城下町でした。大変情緒ある街並みでした。小雨の中を歩きました。
 帰りは、農協の産地直送店で、キュウリ、なす、玉ねぎ等野菜をたくさん買って帰りました。高速の途中で大雨になりました。高速道路がたちまち水があふれました。雨雲より車の方が早く追い越してしまいました。後でテレビで大阪の方が一時間に100mmの水量だったと聞いて、あの雨雲が通ったのだと思いました。

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辻・松村前議員が、視察の旅費を尼崎市に寄付を
日本共産党市議団は、旅費の実費支給を主張してきました。
 ところが、実費支給が認められないまま、視察旅費が支給されていました。差額の返還は「寄付」に当たるため、寄付ができない現職議員は受け取るほかありませんでした。
 そこで、日本共産党市議団は、その差額をプールしておき、議員でなくなった時点で尼崎市に返還(寄付)をすることにしています。
 市長室で寄付をする、辻・松村前議員

 寄付の額は辻前議員で12年間で69,871円。松村前議員が153,184円でした。主に福祉に使ってほしいと希望をして寄付を行いました。
 今では、視察時の旅費の差額はほとんど出ません。だから私の場合は8年間でもわずかな額しかプールできていないと思います。しかし私も議員を辞めたら市に寄付したいと思います。

 《中学校給食の完全実施を求める会から、市長に自校調理方式による中学校給食の実施を求める、署名を提出しました。》

 

短期間の間に3458筆の署名を集めて、市長に提出しました。会の方と徳田議員と私が一緒に提出しました。自校調理方式での給食実施は多くの市民の願いです。教育委員会の中で検討されることを期待しています。この署名は9月議会をを目標に市議会にも提出されます。この夏は署名運動で忙しくなりそうです。頑張りましょう。

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管内視察、第2弾
共産党議員団で管内視察、第2弾としてクリーンセンター第2工場、資源リサイクルセンター、下水道の東部浄化センターの3か所を視察しました。
 家庭から出る燃やすごみのごみピット

 画面赤くなっているのが、焼却炉の中、火が激しく燃えています。
 燃えたガスは高圧蒸気をため発電機で電気を作ります。その後有害物質を取り除き、クリーンな状態で煙突からお空へと。
 燃えた灰は、金属などの不燃物は取り除き、溶解されたスラグとなり最終処分場に送られます。金属類はメタルとして排出されます。

 リサイクルセンターでは、ビン・缶(スチール・アルミ)・ペットボトル等に仕分けられ、圧縮されリサイクル業者へと運搬されます。
 アルミ缶の圧縮機

 ペットボトルの圧縮機
 ここでは大型ごみも処理されていました。大型ごみは可燃ごみと不燃ごみに分けられ、金属を取り出し、処理されます。
  持ち込まれた家具などの大型ごみピット

 東部浄化センターは、汚水が浄化され透明な水となり、高度処理され海に排出されます。その過程に感動しました。汚水がゆっくりと流れながら汚物が沈殿し、微生物を使って水の汚れを分解していきます。

 尼崎市民を守っている縁の下の力持ちに出会うことができました。濃密な時間で大変疲れましたが、改めて勉強させていただきました。
 そして平常時でも災害時でも、大切に守っていかなければならない施設です。またごみの正しい出し方を改めて考えさせられました。私たちの日常を快適に過ごすには、きちんとしたルールを守っていかなければと思いました。

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東京都議選、日本共産党大躍進。
 昨日はテレビで開票結果を見ながら、いつの間にか眠っていました。東京都議選は9議席までは確認していました。朝起きたら新聞によると共産党は19人の当選で大躍進でした。おめでとうございます。
 しんぶん赤旗の号外が、ホームページに掲載されました。

 志位和夫委員長の記者会見では、「3人区のところでも当選が生まれている。よく頑張った。残念ながら当選に及ばなかったところでも、票を伸ばした大健闘だった」と東京都議選でのコメントがありました。

 兵庫県知事選挙では、津川ともひささんは残念ながら及ばずでした。しかし最後までの頑張りはとってもさわやかでした。
 県議団、神戸市議団からの花束が贈られました。

 この選挙ではどこでも堀内てるふみ衆議員と兵庫県議団が支え、一緒に頑張ったのが印象的でした。津川さんともに、住民が主人公の兵庫県政に変えなければと本気のたたかいをされました。ご苦労様でした。

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管内視察に行きました。
 公共施設の集約化で、10年間に10%の公共施設の廃止が計画されています。前回は老人福祉センターの福喜園の視察に行きました。先日は千代木園を視察しました。お風呂に入っている人、卓球をしている人、囲碁将棋をしている人等みなさん楽しそうに輝いていました。口々に「千代木園を残してほしい。なくなったら行くところがなくなる。毎日来ている。」と訴えられました。
千代木園は武庫川のすぐそばにありました

 続いて、身体障がい福祉会館に行きました。古い建物ですが機能的には使い勝手のいい素晴らしい施設です。1階部分にホールがありました。トイレが広くてきれいです。簡易ベット等設備が素晴らしい。床は滑らない素材を使っていました。利用されている方が、「こんな使い勝手の良い施設はない、残してほしい」と訴えられました。
 福祉会館も武庫川の近くで、住宅街に建っています。

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