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南芦屋浜でおこなわれた防災訓練に、米軍が参加
 米軍基地がない県としては全国で初めて、米軍が参加した防災訓練に抗議を込めて「防災訓練に米軍はいらない」の抗議行動に行ってきました。

  防災訓練の一角に、大きな米軍の軍事用ヘリコプターが陣取っていました。

 シミュレーションでは重傷者1名を自衛隊が搬送してきて、軍事用ヘリコプターで運び飛び立ちました。

 大きな軍事用ヘリコプターで重傷者を運んでも、相手先に病院のどこに着陸出来るのか?
重傷者をのせてから、飛び立つまでが時間がかかります。ドクターヘリのほうが小回りが利きます。なんてことを考えながら抗議のシュプレヒコールをしました。
 実際には、軍事用ヘリコプターの周りに人がたくさん集まって来て、写真撮ったりして、まるで米軍の見せ物のようでした。

 米軍が飛び立った後、巨大な自衛隊の艦船が現れました。

 私たちは、訓練広場と対岸の波止場で、抗議行動をとりました。

 日米両政府のねらいは、防災訓練を通じて自衛隊と米軍の機能強化を図ることです。さらには防災訓練と称して、米軍の訓練を全国展開することです。このことは全国どこでも軍事利用を可能とすることにつながります。

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武庫川コスモス園の種まきをしました
 「恒例のコスモスの種まきをします」というお知らせを頂きました。昨年は雨が降って行きそびれてしまいました。今年こそは参加しようと思っていました。
 昨日までは雨が降っていたので心配していましたが、今日は晴天。はりきって参加しました。武庫之荘になじみがある団体や地域のみなさんがたくさん参加されていました。160人の参加との発表がありました。
 あいにくカメラを持っていかなくて、写真を撮ることが出来ませんでした。


 パンフレットを頂いてきました。コスモスの表紙がきれいでした。

 広大な畑にたくさんの種をまきました。土を耕すのが下手なので、指導していただいた方が「農業はしたことないんですか」と言われました。「私は専業農家の娘です」と言いましたが、高校生までしかやっていないのでやっぱし下手なのかな?と思います。
それでも太陽の下で、汗を流すのは気持ちよかったです。美しく咲いたコスモスを花見に行きたいと思います。

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髭茶屋のバス停が安全になりました
 昨日、西昆陽の地域を自転車で走っていたら、市バスの「髭茶屋」のバス停が舗装されていました。
 もうずいぶん前になりますが、「バスから降りたところに段差と側溝があってこけそうになるので危ない。なんとかして」という相談がありました。早速、道路維持課に連絡しました。すると「側溝にふたは出来ないので、バスをもっと前の平らな部分に止めてもらいます。」との返事で対応してもらっていました。市バスもその後は、平らな部分に停まっていました。

 バス降りたところに段差が・・私が要望した時に撮影した写真です。

 段差のすぐそばに、側溝があり危険でした。

 8月27日に見たら、側溝にコンクリートでふたがしてありました
 バス停が安全になっていました。

 多分、住民の方が危ないので補修してほしいと要望されたのでしょう。きちんと舗装され道路が広く感じました。時間がかかったけど安全になってホッとしました。何回も要望することが必要ですね。良かった。
 

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やっと出来上がりました
 8月の中旬になって出来上がったのが「いちこ通信 夏号」です。
 ホームページの「いちこ通信」に掲載しています。ぜひ見てください。
 いつもは同志と一緒に作ります。レイアウトは同志にしてもらい、カットはもう一人の人に描いてもらい、私は記事の提供で作っていました。ニュースづくりが苦手な私ですが、今回は私が記事とレイアウトをしてカットはお願いしました。

 やっとできました。

 決してうまいニュースとは思いませんが、愛すべきニュースです。私の世の中を変えようとの思いが詰まったニュースです。
 地域の人たちが、この暑さの中手分けして配ってくれます。ご苦労をおかけします。感謝・感謝です。

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第19回あまがさき平和のための戦争展
 
8月22日から24日までトレピエで開かれた「平和のための戦争展」に今年も参加してきました。
 22日は展示会と子どもたちのための紙芝居「戦争の犠牲になった象の物語」を見ました。空襲がひどくなった上野動物園で動物たちの壊され檻が壊され、街中に猛獣が飛び出したら大変ことになると、飼育係に人たちが象を殺さなければならなくなり、苦渋に選択で餓死させる物語です。保育園の子どもたちが「かわいそうー」と口ぐちに叫んでいました。


 展示されていた写真。背中におんぶして死んだ弟を火葬に来た兄の表情が、胸に突き刺さります。見ていると涙が出ます。

 「ちちをかえせ ははをかえせ としよりをかえせ こどもをかえせ わたしをかえせ わたしにつながるにんげんをかえせ にんげんの にんげんのよにあるかぎり くずれぬへいわを へいわをかえせ」

 
23日は「あおぎりにたくして」の映画が上演されました。広島に原爆が落とされ結婚式を3日に控えた女性は足を切断する。その悲しみを精一杯支える家族。それでも過酷な運命を背負い、精一杯生きる女性とその家族のドキュメンタリーのドラマでした。
 一発の原爆がもたらした、広島の人々のくらし、運命の残酷さが心に突き刺さります。あおぎりの木は被爆して真っ黒に焼けながらでもひとつの若芽を咲かせました。それが人々の希望と勇気になりました。いま「被爆あおぎり」の子どもや孫が全国に植えられています。東日本大震災の被災地にもあおぎりの孫が生きづいています。

 昼からは「日本共産党女性後援会」で、JR尼崎駅前で集団的自衛権行使容認反対の宣伝をしました。

 女性は元気です!

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広島被爆ピアノ平和コンサート
 兵庫県生活協同組合連合会の主催で「広島被爆ピアノ平和コンサート」がピッコロシアターで行われました。
 被爆ピアノは69年前に広島で原爆が落とされた時に、あの爆風で傷つきながらそのまま保存されていました。矢川光則さん(広島のピアノ調律師)が補修し、美しい音を奏でることが出来るようになりました。そんな被爆ピアノが10台あるそうです。今、矢川さん宅と原爆資料館に大切に保存されており、その中の1台を今日広島から運んできてくださいました。
 そして今日、尼崎市でコンサートが開かれました。

 ピアノの表面はガラスが刺さった傷が無数にあるそうです。

 ソプラノ歌手の大島久美子さんの美しい歌声と情緒あふれるトークに会場が大感動に包まれました。ピアノ演奏は森須奏絵さんでした。被爆ピアノの力強い音色を引き出していました。素晴らしいコンサートでした。
 被爆ピアノの存在を知ってほしい。被爆ピアノのことを伝え繋げたい、広げたい。原爆が投下されたことを次の世代に語り繋げてほしい。2度とあんな悲しいことを繰り返さない。そんな思いで全国で「被爆コンサート」を開催されています。
 私も今年は広島へ、原水爆禁止平和大会と原爆追悼式典に行ってきました。平和への願いがいっそう強くなりました。二度と同じ過ちを犯さないために、私たちに出来ることを頑張りたいと思います。

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久しぶりの家族総出
 大阪で看護師をしている姪っ子が、久しぶりに遊びに来るということで子どもたちが集まりました。
 私は、少々夏バテ気味で夜になると微熱が出て、体調があまりすぐれません。昼からぼちぼち、夕飯の準備に取りかかりました。夕方になってにぎやかに、続々と子どもたち、孫たちが集まり、総勢13名に。近くで盆踊りをやっているとのことで、入れ替わりながらの夕食でした。(写真に撮るのを忘れました)
 
 得意のから揚げは3パックも買ったのに、あっという間になくなり、私は1個食べたのか記憶がないくらい。今日の料理は、から揚げ、サラダ、揚げなすのお浸し、にゅうめんでした。ちょっと手抜きと安上りの料理になりましたが・・・

 姪っ子は看護師2年目、今看護研究に頭を悩ませていました。誰でも通る道です、頑張れ!
 病院では、エボラ熱の感染に備えての、マニュアルが徹底されているようです。外国の問題とのんきに構えてはいられません。今や世界はつながっているのですから。医療現場ではエボラ熱の患者に備えて、大変な状況だと聞きました。 
 18日から仕事だということで、婿殿たちや息子、夫も最後の休暇日でした。 

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終戦記念日の宣伝
 8月15日は69回目の終戦記念日でした。日本共産党兵庫8区政策責任者の庄本えつ子さんと宮田静則県会議員は終日宣伝行動をしました。1時20分から阪急武庫之荘駅に来てくれたのを受けて、私も参加しました。ちょうど雨が降って来て状況は悪かったけど傘をさして宣伝をしました。

 雨の中の宣伝に頑張っています。

 今日は終日の宣伝に庄本さん、宮田さんが頑張っていました。
 テレビでは戦死者慰霊祭が行われ、テレビニュースでは天皇の式辞、安倍首相の発言が報道されています。安倍首相は集団的自衛権のことについては一言も触れずでした。
 日本テレビが行なった8月の世論調査では、安倍内閣の支持率は44,4%(7月より−0.8%)不支持率は37.7%(7月より1.9%増)
 集団的自衛権行使容認については、支持しないが56.0%、支持するは31.9%でした。
 原発再稼働については、支持しないが56.1%、支持するが33.4%と過半数が反対しています。
 アベノミクスの経済政策では、順調に進んでいると思うが27.6%、思わないが57.3%という厳しい評価になりました。
 集団的自衛権行使容認の撤回を求めていかなければと、終戦記念日に誓いました。

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墓参りと海遊館に行きました
 小学5年生の孫が、昨日「公民館に行ったら、おじさんみたいな人がジーと見てついてくるので怖かった。公民館に人に言って追い払ってもらったけど、もう公民館には行かない」と不安がっているので、私の夏休みは孫たちと一緒に過ごそうと思っていました。
 小学生の孫たちは、パパ・ママがお仕事なので、お盆といっても家で暇そうにしています。そこで今日は、夫の両親がねむっている四條畷の飯盛霊園に、孫たちと一緒に墓参りに行きました。
 孫たちはお墓を掃除するために洗剤とスポンジとタオルを準備していました。草引きと墓石をピカピカに磨いてくれました。私は子どもたちのおこないに感動してしまいました。
 せっかく大阪まで来たのだから、そのまま帰ったのでは孫たちに申し訳ない。そのまま海遊館に向かいました。
 水族館は人人人…。魚も満足に見れないほどでした。あれだけ人が多かったら、水族館に人を見に来たようでした。高い入場料を支払って人ごみにもまれたのでは、少し不本意な気がしますが、夏休みなのでどこに行っても人でいっぱいです。とにかく疲れました。
 明日は、3歳と小学2年生を連れて、映画を見に行きます。5年生は友達とプールに行くそうです。
 

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台風11号は脅威でした
 台風11号は大嵐でした。渦巻くような暴風雨の中、ベランダから外の様子を見るしかありませんでした。しかし心落ち着かず暴風が納まってから街中を見て回ることにしました。
私の地域は武庫川河川のすぐそばです。まずは河川を見に行きました。流れの勢いと水位が上がっており大変危険な状況でした。

 甲武橋の下 河川敷まで水位があがっていました。

 ホームレスの人が河川を掃除していました。危険なので避難するように言うと「さっきまで河川敷まで水があがっていた。これでも引いている」と



 時友団地前の道に大きな水たまりが、水引が悪い箇所です。

 武庫之荘、西昆陽、富松地域を見て回りましたが、国道171線の髭茶屋の地下道、富松線の阪急高架下のアンダーパスも水が引いていました。見て回った限りでは床上浸水した家は見当たらず安心しました。帰った時にはすっかり雨がやんで台風は通り過ぎていました。
 近畿地方を直撃した台風11号でした。尼崎は山がなく平坦で、特に武庫之荘付近は下水道が発達していて、水引がよく被害が少ない住みよいところだと実感しています。側溝や農水路がたくさんありますが、田んぼの稲も水につかることなく、畑も水浸しになることなく、側溝の水もあふれることなく流れていました。
 地形が低くなっているところや、水に浸りやすい箇所など、日頃から見て回らないといけないと、改めて思いました。私が見逃しているところもあると思います。反省です。

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文教委員会で管内視察に行きました
 文教委員会では、私の提案でこの7月31日に定時制高校(琴の浦高校)の改築が完了した校舎を視察することになりました。今夏休み中ですがいち早く視察することになりました。
 琴の浦高校は、もともとは尼崎城の城跡に建てられています。しっかりとした基盤があり大部分は元の建物をリニューアルしたものです。新しく生まれ変わった高校です。普通科・商業科・機械科・電気科の構成です。


 40人の教室の広さですが、きめ細やかな教育をめざして1クラス20人学級にしています。

 広い食堂です。体育館の次に広く学生が500人座れます。琴の浦高校の夕食は、軽食ではなく完全給食のメニューになっています。生徒に人気があります。

 機械科の実習室で撮ってもらいました。設備も十分に整った実習室です。

 建物も立派になりましたが、定時制に通う生徒に素晴らしい環境で、しっかり勉強して卒業をしてほしいとの先生たちの意気込みを感じる学校です。

 次にお隣にある、歴史資料館に行きました。紀元前からの尼崎の生活がうかがえる貴重な遺跡や戦時中・後の人々の生活が残されている映像や書類が展覧されています。尼崎市の名所となる資料館でした。

  遺跡や資料が大切に保存されていました。

 大昔の井戸です。釜を何重にも重ねて地中を掘ると、地下水が湧き出てきたそうです。1m程の高さでした。

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原水爆禁止世界大会、その2
 2日目は分科会でした。私は動く分科会「岩国基地の見学」を選びました。米軍基地を見るのは初めてです。遠目でしかも雨が降っていてはっきりとは見えなかったけど広大な土地(滑走路は海を埋め立てて造設しています)に建っていました。

 特定秘密保護法が発令されたら写真を載せたら逮捕されるでしょうね。

 かまぼこみたいなテントの中には、戦闘機は保管されています。

 基地による住民への日常的な不安は、“行機の爆音(当日は飛行機がUP−3D訓練支援機が1機降りてきました)犯罪の危険性 だそうです。
 壮大な土地に、建屋が大規模に建設中でした。経費は「思いやり予算」です。
 基地の滑走路を移設するために、海を埋め立てています。その土砂を確保するために、市街地にある愛宕山を削りました。削ってできた土地は米軍のために使われるそうです。米軍住宅地を建てる計画があり、地域住民が反対運動を行なっています。移設と言っても跡地の返還はなく実質は造設です。すべて「思うやり予算」で支出します。
 基地の周囲には、米軍の住宅地が広がっていました。1件当たり5LDKで一部屋が10畳くらいの広さがありそうです。住宅地には誰もが入れず、中央入り口があります。そこから先はアメリカです。学校もスーパーも病院も揃っています(中には入れませんでしたが)。基地住宅街と周囲の商店街や街並みのさびれが何とも印象的でした。

 バス移動中に、雨が本格化してきました。愛宕山の山を削った場所に行こうとしましたが、バスから降りることが出来ないので断念しました。

 岩国はレンコンの名産地です。広大なレンコン畑が広がっていました。

 雨の中、有名な名所「錦帯橋」と「白蛇」を見学しました。
 山と川と錦帯橋と何とも美しい風景です。錦帯橋を渡りました。

 小さな白蛇の博物館でした。白蛇はかわいい顔をしていました。幸運を招く蛇です。

 土砂降りの中、大変な視察になりましたが、炎天下よりはましだったかも。岩国基地の参加者は250名、元気に帰ってきました。

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原水爆禁止2014年世界大会に出席
 8月4日〜6日まで、今年は広島で行われた、「原水爆禁止世界大会」に初めて参加してきました。世界を巻き込んだ最大の草の根の運動です。この興奮をどうやって伝えたらいいのかわかりません。

  5月から日本を縦断し、北海道から、九州から平和行進して、広島まであるき通した勇気ある方々が登壇されました。

 世界中から核兵器をなくそう!原爆をなくそう!戦争をなくそう!と全国・世界から集まった人たちの祭典でした。尼崎市から23名、兵庫県から約120人が参加しました。全国から6500人が参加して行われました。
 核兵器をなくそうと頑張って街頭で訴えたり、署名運動をしたり、戦争のむごさや原爆の恐ろしさ、愚かさを伝え続け草の根の運動を続けている人たちが結集しました。

  会場いっぱいの人・人・人

 核兵器全面禁止の大きな運動は、大衆的な誰もが参加できる運動です。今年で戦後69年、ずっと続けてきました。政党とは関係なく広範な共同で活動できるものです。これまで粘り強く、長期にわたって行ってきました。そして今、政治がきな臭くなっている危機感があります。集団的自衛権行使で危険な状況だからこそ、力を発揮するべきはまさしく“今でしょう”です。
 世界中で核兵器を反対しようと頑張っている人たちがいます。日本でも地道な運動として頑張っている人たちがいます。そしていつもそのリーダーとして引っ張っている人たちが、私たちの先輩方だということもわかりました。その力の壮大さにただただ感動するばかりでした。
 まだ頭の整理がつかずに、うまく文章にすることが出来ません。
 二日目は分科会で、私は岩国の米軍基地を視察に行きました。このことについてはまた明日、報告します。

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とうとうエアコンに寿命がきました
 我が家のエアコンは25年たっています。昨年くらいから電気料が高い割にはあまり涼しくなりません。しかし例年あまりエアコンは使わないので、「8月しか使わないエアコンを買い替えるなんて」と思っていました。
 しかしこの暑さ!とうとう買い替えることにしました。

 さようなら古いエアコン

 こんにちは新しいエアコン 上のほうに絵手紙が見えますか?

 そこで、問題発覚!昔のエアコンは大きくて、取り付けた壁がクロスが貼ってなかったんです。新しいエアコンはスマートなので、取り付けるバックの壁が縦10儔50僂曚鼻▲灰鵐リートまるだし状態でした。
 応急処置として、私が書いた絵手紙を並べて貼ることにしました。あと3枚ほど足りませんが、なんとかコンクリート丸見えを防ぎことが出来ました。

 新しいエアコンは、適度な温度で快適です。でも私は自然の風のほうがいいかな。極力ベランダと窓を開け自然の風で過ごせたらいいですね。

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友達が北海道へ行ってしまいました。
 まだ北海道へ行ったわけではありません。ご主人の仕事の転勤で8月13日に行きます。昨日は「行く前にご飯食べよう」とランチをしました。
 私より10歳以上も年下で、近畿中央病院に勤めている時に、新人ナースで一緒に働いた時以来の友達です。最初は新人ナースと指導者との関係から、先輩後輩ナースの関係、そして同僚、友人となり20年以上になります。とってもしっかりとしていて、それでいて友達思いで心優しい素敵な女性です。私のことを「真崎さんって、太陽みたいな人」と慕ってくれていました。年の離れた友人です。
 生まれた時から伊丹に住み「一生伊丹から出ることはないと思っていた」と言っていましたが、ご主人が春に北海道に単身赴任となりました。子どもさんは4歳、本人も仕事はしていないということで、今回ご主人の強い希望もあり、住み慣れた伊丹を離れ、遠い北海道の旭川へ移り住むようになりました。
 一番の気がかりが、90歳を過ぎたお父さんを置いていくことでした。お母さんが3・4年前に亡くなり毎日父のお世話に通っていました。今回は介護保険の手続きを済ませ、同居しているお兄さんに後は頼んでの出発です。心残りありますが一人で遠くに単身赴任しているご主人を支えるために一緒に行くことを選びました。正しい決断だったと思います。

 本当は友達4人と集まって、送別会をやりたかったのですが、何かと忙しくてとうとう出来ずじまいになりました。
 北海道の冬の暮らしは想像に絶するものがあります。冬の厳しい寒さとくらしに耐えれなくなったら、帰っておいで。いつまでも友達ですよ。

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自治体学校 その2
 自治体学校の2日目は、分科会です。私は池上洋通先生の「基本の『き』から学ぶ・地方自治の生命」を学習しました。
 まず現行日本国憲法と自民党改憲案に見る憲法の基本的理念と地方自治でした。現行の憲法は「日本国民は……主権は国民に存在ることを宣言し、憲法を確定する。」から始まります。
 自民党改憲案は日本国は……国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政および司法の三権分立に基づいて統治される」から始まっています。自民党案は国土と国家から形成されるなっています。国民の上に国家があるんです。
 日本国憲法は、地方自治を中央政府の三権と並ぶ国家の統治機構の一翼として位置づけました。憲法に地方自治が規定されました。
 憲法自身の建前が、従来のこの国家中心ということに非常に重点を置いてあるのと違って、個人の尊厳というとことに相当の重点を置いています。それと同じように地方公共団体の独立的存在をいうところに相当の重点を置いてあります。
 地方自治から政治を変える。その例に岩手県と秋田県の境にある沢内村での、尊重と保健師職員、村民たちが一体となって命の行政に取り組み、乳幼児死亡率ゼロを達成したことを紹介されました。私は沢内村の映画を2回見ました。その映像が脳裏に浮かびました。
 日本の自治体の政治活動で注目されたのが、「非核自治体宣言」「平和宣言」です。現在は非核宣言自治体は、都道府県を含め1578自治体です。全自治体の88.2%の及んでいます。
 また福島原発に事故を受けて「脱原発」を含んだ宣言・条例を定める自治体が現れ、新たな光があてられています。

池上洋通先生、パワフルでした。

 まだまだまとめなければならないことがたくさんありましたが、きりがありません。池上先生のパワフルでわかりやすい、受講者に語り掛ける講義は大変おもしろかったです。また講義を受けたいとおもいました。

 
 七夕飾りの下で、記念写真を撮りました

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